ムエタイの歴史

ムエタイ(MUAY THAI)の歴史は約500年前まで遡るといわれており、隣接国との度重なる戦争が続いていたタイ(当時シャム)では白兵戦が重要となり、軍人(戦士)達は個々の格闘技術をより先鋭なものに進化させていく必要があった。軍隊の訓練には欠かせないものとなり、各地方で独自に発展するケースもあったが、基本的には蹴り、拳、ヒジ、ヒザを使用し殴る蹴るのスタイルで進化を続けた。

国王の前で戦う天覧試合も多く開催され、1700年代のソムデッ プラサンペット8世は、スア王(虎の国王)と称されるほどムエタイの使い手で、一般のムエタイ試合にも参加することもあったという。(現在、スア王が王位に就いた2月6日〔1702年〕を“ムエタイの日”として正式に制定している。)

1774年、隣国のビルマ(現在のミャンマー)との戦争が激化したアユタヤ王朝時代には、ビルマに囚われの身となっていたナーイカノムトムという戦士がビルマ戦士10名とひとりで戦い、全員を倒したことからビルマ王より捕虜の釈放とタイの自由を勝ち取ったとして、現在でも学校の教科書で紹介されるほどの英雄として語り継がれており、その勝利した日の3月17日を“ナーイカノムトム偉業称賛日“としてアユタヤ県にて盛大なムエタイイベントが毎年3月17日に開催されている。
徐々に西洋のリングやグローブを取り入れるようになり、スポーツ競技として近代化されていく。

1999年にはタイ国スポーツ局管轄の下、細かな競技ルール、諸規定など(ポーローボームエ)が制定され、より国家管轄・管理下のスポーツ競技として厳格化されている。

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ラジャダムヌンスタジアム(Rajadamnern Stadium / 1945年設立)、ルムピニースタジアム(Lumpoinee Stadium / 1956年設立)の2つがムエタイ二大殿堂スタジアムと称される。

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